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『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』の感想を我慢できないので今更書く。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』の感想を我慢できないので今更書く。

 

上映後即見ていまだに脳にこびり付く情報を咀嚼できないのでまとめる意味もこめて感想を書きます。
ネタバレMAXです。

 

3つの矢印が合流する物語

今作「キルケーの魔女」では

・ハサウェイ→アデレード会議を止めに行く

・ケネス→マフティーを探り、マフティーを止める。アデレート会議を襲われないように防衛する。

・ギギ→ハサウェイに会う

 

と3つの物語が同時に進行するなかで最終的にギギのみ目的である”ハサウェイに会う”を達成することで、物語として完結させている。これのおかげで3部作の2部でありながら非常によい余韻に浸ることができ一つの作品としての完成度が高まっている。
エンディングである「Sweet Child O' Mine」のラストで青空に上昇していくクスィーを見たときのなんか晴れやかな気分は「良い映画を見た」と心から思った。

 

ハサウェイの物語の本質

ハサウェイ

肉欲などに支配される人間から解脱して人々を導く人を超えた存在「マフティー・ナビーユ・エリン」になる。

というのが本作でのハサウェイの動きと考えであり、ハサウェイはそのため人間らしい肉欲などを拒み、よりマフティーになろうとのめりこむ。

この「マフティー・ナビーユ・エリン」という存在がハサウェイにとって神であると自分は最初感じていたが実際は違う。
本編途中でケネスが「肉欲を捨てられずニュータイプになれない悲しい人間」ということに近い文を言っており、ハサウェイの言う肉欲を捨てたどり着いた先の姿と言うのはニュータイプのことであるとわかるようになっている。

さらに、ただニュータイプになるということではなく、世界を革命できる存在。人を超え、その人々を正しき道へと導く(クェスに選ばれる)優れたニュータイプ「シャア・アズナブル」になるというのがハサウェイの最終目標だと思える。

 

物語が進むにつれハサウェイは徐々に自分の顔を出さなくなり、ラストではついにヘルメットを脱がず顔を見せなくなっていく。徐々にハサウェイ・ノアという部分を殺し「マフティー・ナビーユ・エリン(シャア・アズナブル)」に近づいていくハサウェイは、アリュゼウスの外装を脱いだ姿を見て、それをアムロ・レイ乗るνガンダムと認識しそれを破壊しようとする。

これもただ単にアムロと見間違えて戦っているわけではなく、ハサウェイの頭の中にはクェスとアムロが存在しており、この脳内に存在する二人こそがハサウェイ・ノアである。自分の妄想の産物なのだから当たり前なのだが、この戦闘をしているときハサウェイはマフティーになろうとしており、アムロ(ハサウェイ)を殺そうとしている。

この幻覚のアムロは本来のハサウェイそのものであり、あの戦いは自分の中のハサウェイを殺しマフティーへと生まれ変わる儀式のようなものである。

徐々にマフティーへと近づくハサウェイはついにはシャア・アズナブルの真似事のようなセリフを言い自分自身(アムロ)を殺しにかかる。

この時シャアのセリフを言っているのはハサウェイ自身があの時ほぼいなくなっているからだろう。ついにハサウェイは完全にマフティー(シャア)になり替わろうとする。

ここでギギが介入することでハサウェイは自身を殺すギリギリのところで踏みとどまることができた。

このギギの介入も非常に良く、エアーズロックという観光地に行きたいと言っているのに肌の露出が多く、目立つ色合いの服を着てハサウェイと食べるためのサンドイッチ(中に高額品)まで持っている。
彼女はここでハサウェイに出会えると感じており、ハサウェイのためにこういう格好をしているのは明白であり、またハサウェイが特別であることの証明でもある。
現にケネスが部屋に来た時は今からでかけるかのようにしっかりとした服装でいるなど本来の彼女はガードの硬い女であり、時と場合で適した服装をできるのだがハサウェイに会う時だけは本来の年齢の女性になるのが正直可愛い部分だと思う。

この戦闘のラスト、破壊されたクスィーの頭部から本来のガンダムヘッドが登場し、ハサウェイはマフティーというヘルメットを取りハサウェイに戻る。
ほぼすべてを失いかけていたハサウェイは、ギギという女神のおかげで人に戻り
ガンダムに乗る主人公。ハサウェイ・ノアに戻ることで物語が終わる。

 

この物語の続きが本来の通りになるかは不明だが、この作品単品だと一筋の青空が見えたような清々しさが本当に心に残り続ける。

ハサウェイがガンダムの主人子に戻った今。どのような決着をつけるか不明だが幸せを願わずにはいられない。